高田のあたりまえノート単語集
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自動診断の履歴

コンピュータソフトウェアを使って、人間の医者が行う診断を代替すること。
特に、近年、コンピュータの扱えるデータ量が多くなったことで、大規模なデータから、データマイニングするような手法が普及した。分野によっては、すでに人間の医者の診断よりも精度が高くなったとも言う人もいる。

Curebot

以前、ベイズ推論を利用して、自動診断を行うウェブアプリをつくっていたことがある。その時作っていた、ウェブアプリの名前がcurebot。Cureするrobotってネーミング。
体調の悪い、でも、医者にかかる程でもない、というようなユーザーがターゲット。
年齢、性別、症状を入力すると、その入力情報に合致し、かつ、その季節に多い疾患を確率順に列挙する。さらに、疾患を絞り込むための質問を生成し、ユーザーの回答に基づいて、簡単なアドバイスをするというシロモノだった。
精度はそこそこ良かったので、これを利用してビジネスをしようと考えていたんだけれど、いろいろ事情があって結局上手くいかなかった。
下記論文は、その時の残骸のようなもの。
Developing an Automatic Diagnostic System Driven by Consumer-Generated Health Care Data

結局のところ、これらのソフトウェアは、役に立つのか?

多くの自動診断ソフトウェア開発者は、人間の医者に近い「正しい診断」をしようと頑張っているのだけれど、それが、有用であるのかはかなり微妙だと思う。
というのは、そもそも、それらが目指している、「正しい診断」というのは、実は、かなり曖昧であるし、また、必ずしも、患者にとって有用な診療に、「正しい診断」が役に立つわけではないからである。

「正しい診断」は、期待されるほど多いのか?

大学の内科の教授が退官時の講演で、自分の「誤診率」、つまり、診察した患者数に対する、「間違った診断」の割合を計算すると、20%近かったと話したことがある。
この数字は、マスメディアにも取り上げられ、また、医者の間でも話題になったのだが、マスメディアと医者仲間での感想は、真逆であった。
メディアでは、「20%も間違える」ということに驚きを隠せないようであり、反対に、医者仲間では、「20%しか間違えない」ことに驚いていた。
実のところ、20%というのは、かなり低い数字であり、僕自身、単純な風邪を除けば、30%以上の確率で「誤診」している。

診断」とは、何か?

診断」とは、要するに、患者の病気を分類すること、つまり、病名をつけることである。ただし、病名というのは、一様な概念ではない。症状を表す名称(高血圧、偏頭痛、痴呆症、など)、病態、つまり、その症状の原因で、体の中で起こっている現象を表す名称(炎、肝炎、ネフローゼ症候群、など)、病因、つまり、その病気の根本的な原因を表す名称(結核、インフルエンザ、など)。

症状を表す名称を付ける場合は、ほとんど間違える余地はない(その場で見えるものをそう呼ぶだけなので)が、実際の診療の場面で、限られた時間で限られた情報を元にして病態や病因を表す名称をつける場合には、常に、確実性のない推論を積み重ねて、いわば、バクチを打っているわけである。上記の「20%」という数字は、そういうバクチを表す数字である。

また、「確実性のない推論」であるから、専門家同士での合意も得られないこともある。たとえば、僕の周辺では、「気管支喘息」という病気の定義に異論を唱える医者が結構いる。中には、好き勝手に「俺定義」を振り回しているように見える人もいるけれど。

きたないメソッド

通常、医学の教科書では、「診断」してから、それに基づいて「最適の治療」を選んでいくという「論理的にきれいなメソッド」が書かれていることが多い。
でも、「診断」っていうのは、一種のバクチなわけで、当然、バクチで患者の運命が左右されてはかなわない。だから、医師の治療方法を決める時に実際に使われるストラテジーは、そういう「バクチ」の結果に依存しない、手堅い方法を選んでいくことになる。つまり、推論不要の方向に偏る。これが手堅いけれども「きたないメソッド」である。

この、きたないメソッドっていうのは、結局、とりあえず必要とされる対策をアドホックに行っていくことでもあり、メリットがデメリットよりも大きいと思われる手を、馬鹿正直に全部やるということでもあり、分からないことについては、判断を保留するということでもある。

この実際によく使われる手堅い方法論っていうのは、多くの医者がとっている方法にもかかわらず、推論不要で、リコウに見えない方法だからだろう。また、あまり科学的、論理的に見えないためでもあろう。あまり、医学教科書などに載ることもない。

たぶん、medtoolzさんの本あたりが少なくとも、本の形で見られるものとしては唯一なんじゃないかと思う。この本は、僕が「きたないメソッド」と呼んでいるようなコンセプトを知りたい人であれば、医療関係者でなくてもおすすめできる本。

「病名」は、本当に存在するのか?

医学は、科学というよりも、実際の治療の局面で必要なノウハウ集、ケーススタディ集のような側面がある。そういう意味で、医学経営学とか軍事学とかに似ている。「病名」というのは、そういうケーススタディの多くに当てはまるような「モデル」に付けられた名称である。
その意味で、医学における病名というのは、経営学などで登場するモデルの名称と非常によく似ている。
しばしば聞く診断名のうち、少なくとも一部は、医学を「科学」に近い装いにするために必要とされているもので、存在しないではないのではないかと感じることがある。ちょうど、例えば、経営学の提案するモデルが、必ずしも経営に関係する問題を把握したり、問題解決の指針を引き出すものにはならないことがある、というのと同じように。
また、時に、診断には科学的な意味での「正解」はないのではないかと考えることもある。ちょうど、ある会社の経営の問題の解決策を導き出すために、経営学の、どの学派のどのモデルを適用して考えるか、という話に、唯一の「正解」を想定しにくいのと同じように。