高田のあたりまえノート単語集
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予後を決めるものは何か?の履歴

僕は、大学医学部を卒業したあと、暫くの間、普通の医者をやった。それから、バイオインフォマティクスの世界に入った。バイオインフォマティクスに専門を変えた理由は、ITや数学が得意だったし関心もあったから。大学生だった時はプログラマをやって学費や生活費を稼いでいたし、それに、ずっと数学や物理が大好きだったから。だから、普通の医者よりもそういうことに向いていると思ったんだ。

さて、約6年前、今も時々世話になっている医科大学で、とある研究予算が降りた。
その研究では、まず、大学病院で手術されたがんの患者から手術で切り取られた組織を採取して、その組織のデータを採取する。とられるデータはゲノムやmRNA、プロテオームなどが含まれていた。要するに、当時の技術で取れる限りほとんどすべての網羅的な分子データ、だ。それから、その患者の病院での検査結果や生活習慣に関するアンケート結果なども、考えられる限り取って、これらを全部データベースに収める。
で、これらのデータの全部の相関を自由に検索できるデータベースを作るのだ。たとえば、生命予後(手術後何年くらい生きたか、ということ)と、関係のある遺伝子はどれか、とか、生活習慣や血液検査結果と遺伝子の相関とか、そういうことだ。

で、プロジェクトが始まってしばらくして、ある程度データが集まり始めて、とりあえず集まったデータの範囲で、いろんな遺伝子や生活習慣などと生命予後との相関を調べてみた。
手術をしたあと何年生きられるか、と関係のある指標は何だったか分かるだろうか?それはどんな遺伝子でもなかった。なんと、「配偶者がいるかどうか」だったんだ。

実は、どんな手術をしたかとか、どんな遺伝子があるかとか、どんな薬を飲んでいるかとか言うことよりも、「奥さん、もしくは旦那さんが存命でいらっしゃるか」のほうが、その人の健康に遥かに大きな違いをもたらすのだ。

そのあと、その研究プロジェクトからは離れたので、最終的にどういう結果になったのかはよく知らない(ちなみに、当該データベースは外部の業者に委託したが、旨く機能するものは納品されなかったようだ)。その結果は、当時の僕には凄くショックで、医療ってのはなにをしているんだろうと真剣に悩んだものだ。

でも、今では、あの結果はアタリマエの結果だったんだろうと思っている。人間の人生にとって、同居人ほど影響が大きいものはないのだ。同居家族は、生活習慣に影響を与え、辛い時には心配してくれ、食事を一緒に楽しみ、その他いろいろのことを一緒に乗り越えていく存在だ。それがいるかどうか、は、残りの人生に高々遺伝子ごときよりも大きな影響を与えるとしても、アタリマエのことではないか?ただ手術する際にメスを握るだけの外科医よりも大きな影響を与えるとしても、アタリマエのことではないか?

これにショックを受けて、僕は、遺伝子情報の研究から離れた。

ちなみに、配偶者の次に生命に影響を与える要素は?
その時には、調査の項目にいれていなかったんだけれど、僕の、大して多くない経験からは、たぶん、二番目に影響が大きいのは、信仰じゃないかと思っている。仏教であれキリスト教であれ、どんな宗教であれ、熱心に信仰している人は生き残りやすい。そう感じる経験を何度かしている。