高田のあたりまえノート単語集
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バイオインフォマティクス革命がPC革命やネット革命のようにならない理由の履歴

<<この項目は書きかけです。>>

今日、バイオパンクという本を読んで。

ちょっとアレだな、と思ったのでここに反論を書いておこうと思う。

この本の趣旨は、要するに、自宅のガレージで遺伝子工学の実験をしているような輩が、近い将来、現在のIT革命以上に凄い革命を起こすだろうというもの。

うん、趣旨はわかる。わかるというか、この本で主張されていることは、バイオIT界隈ではずっと前から言われ続けていることの焼き直しに過ぎない。

でも、ひねくれ者の僕は、本当にそんな簡単に行くもんかね、と思っているわけだ。

僕は、バイオへのITの応用というのは、正直、ちょっと騒がれすぎだと思っている。ある学問分野が実際以上に評価されすぎるのは、あまり良いことではない。

過大な数の学生が、その分野に期待して集まっても、彼らが卒業したあとの就職マーケットがあるわけではない。もちろん、優秀なタイプの学生は、他の分野に移って就職や研究をすることだろうけれど、優秀な人材が、あまり内実のない勉強や研究のために若い時代の数年間を浪費してしまうことは社会的な損失も大きい。

残念ながら、医学の界隈では、この種の問題が起こりやすい。
なぜなら、第一に、医学界隈で大規模なデータを扱おうとすると、基本的に、データを使わせてもらうための交渉というか「政治」に取り組まなくてはいけないからだ。研究のための勉強に使った時間は、あとになっても生きてくると思うけれど、「政治」に使った時間は帰ってこない。
第二に、医学界隈では、現在、数学や情報科学に適性と関心を持った学生の使い道が少ないことだ。だから、どうしても、情報科学に近い分野に適性を持った学生からは、バイオIT関連の緒分野への評価は甘くなる。バイオIT分野からすると、学生を獲得する際の「競争相手」が少ないわけだ。

そういうわけで、バイオITっぽい分野は、若い時代を無駄に使ったという後悔の元にもなりやすいのだ。

僕も、バイオITは今後新しい科学の発見を続けるだろうとは思う。それから、バイオITがユニークな製品を作るに至ったりもするかもしれない。

でも、この分野をもてはやすジャーナリスト達が言うほどではないと思うんだ。

そういう訳で以下は、この本を始め、ちまたのバイオITで革命みたいなことをいう人たち全体への反論を書こうと思う。

以下の部分は、3章構成になっている。

第一章。「はじめに。この分野での基礎知識と迷信。」で、はじめに、この分野での基礎的な知識を書く。同時に、バイオITが起こすと信じられている革命についても書く。論理的には、これだけのことがひとつの章になるのはオカシイのかもしれないけれど、基礎的な知識と、よく信じられている俗説というのは区別しにくいのだ。

第二章。「革命未だならず。」で、そういう革命は起こらないんじゃないかという、僕の意見とその理由を書く。

第三章。「中央人民政府成立。」章のタイトルには、特に意味はない。第二章のタイトルで、孫文の、彼自身が理想としたような革命が起こせなかったときのセリフを引いたので、ここでは、その後に現実に起こった別の革命ということで。この章では、本当の所、起こりそうな話はどういうものなのか、について僕の意見を書こうと思う。繰り返すけれど章のタイトルには深い意味はない。

1、はじめに。この分野での基礎知識と迷信。

まず、この分野の基礎知識から。

遺伝子って?遺伝子工学って?

遺伝子工学ってのは、遺伝子やゲノムを読んだり、変更したりする技術のことだ。
この、遺伝子っていうやつは、生命の部品の設計図のことで、ゲノムってのは、一つの生物を作るために必要な一揃いの遺伝子のまとまりのこと。
ざっくりとした比喩として、ゲノムってのは、いきものを動かしているプログラムのようなものだと考えてもいい。20世紀の生物学は、人間のような相当に複雑ないきものでも、実は、一種のコンピュータのようなものにすぎないと明らかにした。
その人間コンピュータにインストールされているプログラムの集合が人間のゲノムだ。
人間だけじゃない。現在では、イネでも犬でもニワトリでも、生きているものは、すべて、一週のコンピュータだと考えられている。それぞれのコンピュータに入っているプログラムの一覧が、それぞれ、イネゲノム、イヌゲノム、ニワトリゲノムだ。
でも、同じ人間だって、人によって、少しずつ違うではないか?
そのとおり。それぞれの人に入っているプログラムは少しずつ違うのだ。その違いが、様々な生まれついての体質の違いの原因であったり、病気のなりやすさの違いであったりもするわけだ。だから、遺伝子解読で、あなたがどんな病気になりやすいかを予測したり、あなたがどういう体質なのか(その理由が何なのか)を調べたりできるかもしれない。
また、遺伝子を書き換えることで、体質を変えたり病気のなりやすさを変えたり、病気の治療をできるようになるかもしれない。

ガレージで遺伝子工学って?

さて、このゲノムを読むためには、シーケンサという機械が必要だ。このシーケンサ、数年前までは数千万円以上していたんだけれど、ムーアの法則にしたがって、急速に性能が向上する一方、価格も下落した。結果、今では、自宅のガレージに所有している人達もいるわけだ。
自分のうちで遺伝子を解読して、何の役に立つの?
それは、まだ分からない。
今の段階では、彼らのやっていることは、ただのホビーだ。遺伝子情報で遊んでいる、というだけ。でも、将来は、これが巨大産業になるかもしれない。今のPC業界をリードしている企業たち、たとえばアップルなんかだって、ガレージのホビイストから生まれたことを思い出そう。ひょっとしたら、近い将来、彼らが凄い革命を起こすかもしれない。

バイオインフォマティクスとは何か?

上で書いたゲノム解読もそうだけれど、そういう最近の生物学の解析機械が読みだすデータっていうのは、結構膨大なデータだ。例えば、ゲノム解析だと、解析結果は、合計数百メガバイトから数ギガバイトのテキストファイルになる。こんな「検査結果」の全体を人間の目で読むのは、不可能に近い。
だから、最近の生物学の研究にはコンピュータが欠かせない。というか、実験結果の全体を「見る」ことも現実的には無理なわけだから、結果を分析するには、それなりのプログラムを描かなくちゃいけない。つまり、生物学の研究をする人の中に、プログラムを書ける人(できれば、様々な情報科学の理論やテクニックに精通した人)が必要になってきたんだ。そういう訳で、生物学と情報科学の融合分野、バイオインフォマティクスという学問領域が生まれた。
いったん、生物学の情報科学の融合分野が生まれてしまうと、こいつはなかなか都合が良かった。というのは、生物学っていうのは本質的に、よくわからない複雑な対象についてのビッグデータを取り扱うものだから。今では、ビッグデータを使って生物の「しくみ」を推定しようという研究は、ごく普通になってきている。
いまのところ、遺伝子だのゲノムだののデータがなんの役に立つかはよくわからないところもある。でも、IT技術が発展したら、もっといろんなことができるようになるかもしれない。そして、IT技術は、めざましく発展し続けている。将来的には、きっと、もっといろんなことができるようになるだろう。

そいつはどんな革命を起こすのか?

ここまでで大体わかったと思うんだけれど、要するに、今起きていることは、
1,遺伝子だのゲノムだのを調査するマシーンがどんどん安くなってきていて、一般家庭でも買える価格になる。
2,遺伝子だのゲノムだのが何に役に立つかは、今はまだよく分からないけれど、たとえば、病気の予防とかに役に立つかもしれない。
3,その遺伝子だのゲノムだののデータを役に立てるためにはITが重要である、そして、今もITはめざましく発展しつづけている。きっと、将来は、もっと凄いことができるようになるだろう。

2,革命未だならず。

さて、上で書いたようなことに対する僕の疑念を書こう。

僕の体験

僕は、大学医学部を卒業したあと、暫くの間、普通の医者をやった。それから、バイオインフォマティクスの世界に入った。バイオインフォマティクスに専門を変えた理由は、ITや数学が得意だったし関心もあったから。大学生だった時はプログラマをやって学費や生活費を稼いでいたし、それに、ずっと数学や物理が大好きだったから。普通の医者よりもそういうことに向いていると思ったんだ。

さて、約6年前、今も時々世話になっている医科大学で、とある研究予算が降りた。
その研究では、まず、大学病院で手術されたがんの患者から手術で切り取られた組織を採取して、その組織のデータを採取する。とられるデータはゲノムやmRNA、プロテオームなどが含まれていた。要するに、当時の技術で取れる限りほとんどすべての網羅的な分子データ、だ。それから、その患者の病院での検査結果や生活習慣に関するアンケート結果なども、考えられる限り取って、これらを全部データベースに収める。
で、これらのデータの全部の相関を自由に検索できるデータベースを作るのだ。たとえば、生命予後(手術後何年くらい生きたか、ということ)と、関係のある遺伝子はどれか、とか、生活習慣や血液検査結果と遺伝子の相関とか、そういうことだ。

で、プロジェクトが始まってしばらくして、ある程度データが集まり始めて、とりあえず集まったデータの範囲で、いろんな遺伝子や生活習慣などと生命予後との相関を調べてみた。
手術をしたあと何年生きられるか、と関係のある指標は何だったか分かるだろうか?それはどんな遺伝子でもなかった。なんと、「配偶者がいるかどうか」だったんだ。

実は、どんな手術をしたかとか、どんな遺伝子があるかとか、どんな薬を飲んでいるかとか言うことよりも、「奥さん、もしくは旦那さんが存命でいらっしゃるか」のほうが、その人の健康に遥かに大きな違いをもたらすのだ。

そのあと、その研究プロジェクトからは離れたので、最終的にどういう結果になったのかはよく知らない(ちなみに、当該データベースは外部の業者に委託したが、旨く機能するものは納品されなかったようだ)。その結果は、当時の僕には凄くショックで、医療ってのはなにをしているんだろうと真剣に悩んだものだ。

でも、今では、あの結果はアタリマエの結果だったんだろうと思っている。人間の人生にとって、同居人ほど影響が大きいものはないのだ。同居家族は、生活習慣に影響を与え、辛い時には心配してくれ、食事を一緒に楽しみ、その他いろいろのことを一緒に乗り越えていく存在だ。それがいるかどうか、は、残りの人生に高々遺伝子ごときよりも大きな影響を与えるとしても、アタリマエのことではないか?ただ手術する際にメスを握るだけの外科医よりも大きな影響を与えるとしても、アタリマエのことではないか?

これにショックを受けて、僕は、遺伝子情報の研究から離れた。

ちなみに、配偶者の次に生命に影響を与える要素は?
その時には、調査の項目にいれていなかったんだけれど、僕の、大して多くない経験からは、たぶん、二番目に影響が大きいのは、信仰じゃないかと思っている。仏教であれキリスト教であれ、どんな宗教であれ、熱心に信仰している人は生き残りやすい。そう感じる経験を何度かしている。

遺伝子の影響は、多くの場合、限定的である。

多くの場合、遺伝子と疾患の間に、単純な相関がないのは、実は、かなり当たり前の話だ。

遺伝子のトラブルは、プログラムのバグのようなものだ。ゲノムにバグがあれば大変だろうって?そんなことはないんだ。人間はかなり問題のある環境でも動くように作られた頑強なコンピュータで、そういうバグを回避する例外処理のコードをいくつも備えているんだ。だから、たとえ深刻なバグがあっても、本当に深刻なトラブルに繋がることは少ない。

逆に、日常よく遭遇する疾患は、遺伝子のバグでおこるものではない。たいていは、それは、プログラムのバグというより、使い方の問題なんだ。

コンピュータのトラブルをサポートすることを考えてみたらいい(実は、医者の仕事ってのは、サポート窓口の仕事とよく似ている)。ユーザーが持ち込む大抵のトラブルの原因は、OSの深刻なバグではない。たいていは、使い方の間違い、例えば、設定ファイルが間違えているとか、変なソフトをインストールしちゃったとか、バッテリーを挿入し忘れているとか、必要なプログラムを正しくインストールしなかったとか、そういう話だ。

実は、真に必要な対策は、大抵の場合、遺伝子ではなく、生活習慣(身体的な習慣だけでなく、精神的な習慣も含めて)にある。

近年、このあたりは少しずつ理解されるようになってきたように思う。
遺伝子マッピングVS予防医学を参照のこと。

遺伝子解析のムーアの法則は、研究の高速化であって、実用の高速化ではない。

本当のところ、ゲノム医療の判断にどれくらい影響をあたえるのか?

医療保険制度との兼ね合いについて

中央人民政府成立。

ソーシャルネットなどとの繋がり