取引コストの定理の履歴
社会や組織の規模・収益、個人の年収を決定する定理である。1937年、ロナルド・コース(1910-、1991年ノーベル経済学賞受賞)が「取引コスト(取引費用)」の概念を提唱した。
社会・組織の境界線を決定する。
内部取引コストと外部取引コストの均衡が内部と外部の境界線、つまり社会や組織のサイズを決定する。不均衡が生じた場合、内外取引コストが均衡になるよう、調整が入る。
内部取引コスト<外部取引コストの場合
- 社会・組織は拡大余地がある。外部と取引するよりも内部で取引するほうがコストが低くより生産性が高い。
- ゲマインシャフト(社会)の場合、均衡に向かうよう自律的に調整され、結果的に社会が拡大する。
- ゲゼルシャフト(組織など)では、拡大するかどうかは組織の意思決定によるので、必ずしも組織が拡大するとは限らない。
内部取引コスト>外部取引コストの場合
- 社会・組織は内外取引コストの均衡に達するまで縮小する。リストラクチャリングし内部の無駄を排除しない限り、閉塞に陥り、場合によっては破綻する。
取引コストが低下するパターンの分析
業種・仕事内容により、劇的に取引コストが低下するものもあれば、低下しないものもある。キーになるのは、有形か無形か、場所を選ぶか選ばないかである。
場所を選ぶということ
生産と消費が分離できていると、生産地と消費地は同一場所である必要がない。多くのサービス業は、サービスの生産と消費が同時に同一場所で行われるため、場所を分離することはできない。飲食業を思い浮かべると分り易い。
無形であること
無形、つまり、データ・情報・知識・ソフトウェア・出版・音楽・映像などの無形資産・知的資産である。インターネットにより、外部取引コストを劇的に低下させた。音楽はCDショップで買おうとApple iTunesで買おうと、品質に違いはない。バラ買いができる分、Apple iTunesのほうが利便性が高い。
無形・場所を選ばない場合
インターネットにより世界中から最低コストのものを選択できるようになる。
有形・場所を選ばない場合
最低限、輸送コストがかかるが、注文・決済はインターネット経由で行うことができる。決済金額にもよるが、やはりほぼ世界中から最低コストのものを選択することができる。
場所を選ぶ場合
取引コストは下がらず値下げ余力が低い。
社会・組織・個人レベル
国家レベル
- 国家競争力は国家内の内部取引コストによって決定づけられる。国家内部の無駄を温存すると、相対的に取引コストが上昇し国家競争力をそぐ。
- インターネットにより、知的資産の海外取引コストが劇的に低下した。
- 日本の場合残る障壁は言語のみであるが、外国語習得、翻訳技術の向上により、この障壁はなくなりつつある。
都市レベル
- 日本の都市は計画ではなく自然発生的・自律的に成立している。都市内部の取引コストが低下し生産性が向上すると人口流入が起きる。東京は地価が高いがそれ以上に増して生産性が高いため、人口が増加する。
- 地方によっては人口が著しく減少し、生産性を維持することができないレベルに達している。地方自治体の合併、コンパクトシティ化、さらには道州制が必要である。
企業レベル
少数の巨大企業
- 大企業は、M&Aを通じ、ますます巨大化する。ありとあらゆる業界で、業界内2-3社に集約される。
- 国内で集約され、いづれ世界で集約される。国家を超える世界企業が登場する。
小企業・個人事業主の台頭
- インターネットによる外部取引コストの劇的低下により、小企業・個人事業主が台頭する。
中規模企業
- 国内の業界内で5社も10社もひしめくような業界は、(1)国際競争力が高い(自動車産業など)か(2)保護され無駄が温存されているかのどちらかである。
- (2)の場合、早く手を打たないと業界全体で国際競争力を失いかねない(電機業界・SI業界等)。
- 取引コスト・国際競争力の観点から、中規模企業は存在意義をなくす。
企業レベルにおける結論
- 巨大企業と外部取引(小企業・個人事業主)に収斂する。
個人レベル
- 個人の内部取引コストとは、個人の知識生産性と逆の概念である。
生産性の高い人
- 知識生産性を上げると(内部取引コストを下げると)、仕事の依頼が増える。
- 顧客から見た場合、期待成果に対しコストの割安感があるからである。
- 結果的に仕事が増える余地があり、報酬上昇余地がある。実際に仕事を増やし報酬を増やすかどうかの選択権は本人にある。
生産性の低い人
- 知識生産性を下げると(内部取引コストが上がると)、仕事の依頼が増える。
- 顧客から見た場合、期待成果に対しコストの割高感があるからである。
- 結果的に仕事が減り、報酬も減り、雇用機会も減る。
関連書籍
本ページを書くきっかけになったのは「フリーエージェント社会の到来」(2009年読書ベスト10)である。
フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか