niryuuのブックの最新の日記
メディア論
6月4日
McLuhan(2)
聴覚文化から視覚文化へ、さらに聴覚文化へ
聴覚文化と視覚文化との違いは、話された言葉か書かれた言葉か
話された言葉→受け手に多くの参与を要求する、同音異義語、聞き側が文脈を創っていく
⇔書かれた言葉→整理された情報、受け手の解釈の余地が少ない
手で書いた文字でも印刷でも同じ性質
しかし、印刷で同一の情報が大量に複製される
書かれた言葉には構造化の工夫がある
図書館の情報、階層的に構造化
例:章、パラグラフ
逐次処理の性質を持つ
大きな参与度を要求するのをクールなメディア
小さな参与度を要求するのをホットなメディア
メディアを分ける区別:精細度、参与度、速度
ホット:高精細度、参与を拒む⇔クール:低精細度、参与を引き出す
新しいメディアが従来のメディアを拡張するのではなく、新しいものである
量的な変化が質的な変化を生む
→処理できない範囲まで情報が増えてしまった
- 今までの流れ
印刷術で爆発的に増大した情報が、
構造化で激減。
そして機械化でまた爆発的に増大し、
Vannevar Bush「As We May Think」の登場
科学者は考えたり実験をしたりとクリエイティブな仕事と考えられているが、
実際は先行研究のリサーチで時間の大部分を使ってしまっているという問題
どんなに整理しても情報量に耐えられないという意識
→「MEMEX」
特徴1:従来の情報の整理の仕方を効率化する
論文の書庫をスケールダウンする
具体的には全てをマイクロフィルムにし、適切な仕方で収納する、キーワードや番号を指定すれば即座に文書が現れる
特徴2:連想で文書を見つけ出すことができないか
具体的には参照したファイルとファイルの間にトレイル:リンクを張る
未来予測
トレイルを作ることを職業にする人も現れるかもしれない
ツリー構造とリンク
- さてMcLuhanに戻ると
「反転」という概念:あるメディアの方法を極限まで突き詰めていくと、メディアの意味がなくなる
情報そのものだけでなく、輸送手段が重要
→より高速にという変化
→一つのところに集まる情報自体が増えている
⇔電信の誕生、高速化から同時性へ
最初は電信の普及、そしてインターネットで完成
外爆発:Explosionから内爆発:Implosionへ
:より遠くへ、より早くではなく、地球上のあらゆる地点が結ばれていて、そこでアクセスできる情報が増大している状態
- ハイパーテキストはインターネットへの系譜の出発点
テッドネルソン、デジタルコンピュータへのMEMEXの実現:ハイパーテキスト
Xanadouプロジェクト
- インターネット
Tim Berners Leeのワールドワイドウェブ
HTTPとHTML
テッドネルソンのHTとインターネットのHTの違い
ネルソン「インターネットはハイパーテキストではない」
- 1.同一のテキストは1箇所にしか置けない:トランスクルージョン
inclusion:包含に対してtransclusion:オリジナルのテキストのある部分だけを変更したい場合、テキストにかぶさるように別のテキストを準備する、それに窓を開けて表示、あくまでも元のテキストを見ている扱いになり、課金などもできる。
→テキストベースのデータを念頭においている
⇔インターネットではテキストとテキストの間はあくまでもリンク
- 受け手による参与の拡大
ハイパーテキストは参与を最小限にとどめようとしている
⇔デジタル化、コピーの氾濫
テキストそのものが流動的になった
インターネットではブラウザを利用する段階で流動的に
⇔最近のデザインでは流動性を最小限にしようとしている
情報を整理するときにファイリングとは違った発想
テキストをベースにした検索では難しい、それまでとは異なった電子テキストの登場
(ひとこと)
- 話された言葉を大量に複製するってのはまだやってないな
- MEMEXの機能はmindiaでは既に超えられている。例えば、ツリー構造ではなくキーワードをおいている。で、それだけでいいのかって話。議論の全体で「構造」ってモノだけを考えているけど、参与自体に手を加えることができていない。
6月25日
メディアとしてのCPU
CPUの論理的処理:
- 規約性(一対一対応)
- 有限性(⇔無限の領域)
- 離散性(:逐次処理)
- 孤立性(外界から切り離された秩序立った世界)
McLuhan:聴覚的世界への回帰⇔ボルター:ギリシャ的なコスモス/カオスへの回帰
どこまでしっかり考えられているか、下手をすると技術決定論
→人間は道具の使用に関して能動的な「参与」があるという側面に着目
20世紀に低参与度→(TV)高参与度、オーバーロード
コンピュータ:文字+階層化+連想+情報処理
世界や過去に働きかける手段としてのコンピュータ
、世界を人間の処理にあうようにコンパクトにまとめる
受け手の側もコンピュータに働きかけられる
- 時間
以前は時間が流れるもの←時計を起源
情報処理型人間は時間に働きかける。
時間を設計:デザインする
(同期という概念も)
- 記憶
電子メモリはハードにしてソフト
過去との関係を変える
- 有限
時間的、空間的限界
→アルゴリズムにより乗り越える
リセット可能な世界
- 人間
アンチ自然人、「人間」は最近の発明
ファウスト的人間:探検者、既存の秩序の先を目指していく
ギリシャ的人間:植民者、ひとところにとどまる
第10章 リアルの再編
旧来:メディアを通じてリアルに到達できる、コミュニケーションもリアルを志向
いかにして「リアルに到達する」といえるのか
チューリングテスト:<人間/コンピュータ>区別を維持できるか?
経済における記号の恣意性:
「意味されるものと意味するものの対応」:消費社会の神話と構造←読むのが難しい
「労働の正当な対価」←賃労働の考え方に、自然的に決まらない関係がある
正当性をどうやって基礎付けるのか、成果主義←労働時間により解決、拘束した時間に応じる←必ずしも適当ではないのでは
→確固たる「正当な対価」がある:伝統的経済学、恣意的:ボードリヤール
正当性を決める仕組み自体が重要
貨幣の恣意性を決定付けるもの:物理的基体、意味/価値
貨幣はいかにして貨幣なのか
旧来:貨幣商品説、貨幣法制説
⇔信用貨幣、複製技術による保証
→モノもマスプロダクションで複製可能、記号化する
複数のものを選んで買い換える時代
「ルーマン/社会の理論の革命」II
「ルーマン/社会の理論の革命」長岡克行
第5章「自己言及的システムの理論」
1.オートポイエティック・システム
- マツラーナのオートポイエーシス理論からの生物学的コノテーションの捨象
自己組織化、構造形成システムではない
自己言及はほかの構成要素の生産にもあてはまる。
自己言及的マシンというパワフルなエンジンにターボチャージャーを付け加える。
それ以上分割できない構成要素ですらシステム自身によって生産
→要素、過程、境界、そしてシステム自身にもあてはまる
→単位体のインプットもアウトプットもない。
APSは同一体と差異の構成の点で主観的
:システムが同一性と差異として扱うものは全てシステム自身が作る
→「操作的に閉じたオートポイエティックな自己言及的システム」の理論
- APSの輪郭
APSは、システムの要素をそのシステムの諸要素のネットワークの中で生産するシステム
:操作のネットワークの中で操作を生み出すシステム
身体文化コミュニケーション論
6月4日
本日は文化の特性、文化の指標
文化の享受という面で発達してきた
関わる人がどう文化、スポーツを捕らえ、享受するか
テニス、勝ち負けや飲みなどいろいろな楽しみ方
- 「行うスポーツ」
自分にとって生活が豊かになる
日常生活の一部として活動する
- それ以外にも
一方、スポーツは非常に高い成果を達成する、見て楽しむスポーツ
見るには競技場からテレビ、ラジオまで、スポーツ新聞なら読むスポーツ
スポーツに必要なウェアなどは、スポーツの持つイメージのファッション
:「着るスポーツ」
清涼飲料水、「飲むスポーツ」
勝敗のチャンス性を賭けて楽しむ、「賭けるスポーツ」
文化的にさまざまな形態を取りうる
誤解してはいけない点、生活スポーツと高課題達成スポーツ
バブル期のスポーツ
観客動員数、賭け事がほとんどを占める
選手一人当たりでは競馬が1番、騎手一人で58000人動かしていた
- スポーツ行動の発現
人間の行動は欲求充足行動
欲求不満を解消する目的で行動
その結果として価値が生まれていく
スポーツでどのような欲求が満たされるか
マズローの欲求階層論
スポーツという空間の楽しさ