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渡りくらべて世の中見れば

 渡りくらべて世の中見れば阿波の鳴門に波もなし――
 ここの座敷では法眼の錆びて淡々たる声で唱え出されました。
 なむ きえ ぶつ――
 なむ きえ ほう――
 なむ きえ そう――
 それを自然にまぬて口唱して居るうちに若い女たちは心の底から今までに覚えたことの無い明るい、しんみりした気持ちにさせられて、合せた手にも自ずから力が入りおやおや涙が出ると自分で不思議がるほど甘い軽快な涙が自然に瞼をうるおしているのでした。
 なむ きえ ぶつ――
 なむ きえ ほう――
 なむ きえ そう――
 一同はそれを繰り返しました。汲みかえられて、水晶を張ったような手水鉢の水に新月が青く映っています。
 それが済んで二人は
「さて、帰ろう。御主人勘定はいくらですか」
「いえ、御出家からは頂戴致しません」
「ほほう、それは奇特な事ですな」
http://mindia.jp/book/oukoku/entry/7100

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