フィンランドの履歴

ソ・フィン戦争でマンネルヘイムはモッティ戦術を駆使し、ソビエト軍を苦しめる。

これはフィンランド軍の驚異的な粘りもあるが、赤軍大粛清で指揮官が不足(スターリンがトハチェフスキーおよびその教え子を全て殺し、ラーゲリに送ってしまい、軍指揮官だけでなく前線指揮官もが枯渇していた)していたことも大きい。
この冬戦争が「赤軍おそるるに足らず」とヒットラーに思わせ、独ソ戦を招いた一因となった。なお、赤軍の指揮官不足はモスクワに独軍が迫ってスターリンがラーゲリよりトハテェフスキーの教え子を前線に戻すまで続いた。

フィンランドは独ソ戦以後は赤軍を旧国境線まで押し戻し、後は、ヒットラーの再三の要請にもレニングラード付近よりは動かず、独軍崩壊までその国境線を守ったが、トハテェフスキーの子供たちと圧倒的な物量による全縦深突破戦術を身につけ、世界最強の軍隊と変貌したソビエトの再攻勢の前に3倍の出血を強いながらも一旦は奪取した冬戦争で失った領地を再び失い、継続戦争終結。
以後はソビエトに占領されることは無かったものの、その強い影響下におかれる。

ソビエト崩壊後、EU加盟。

微妙な国際関係ハンドリングと高い戦意士気で何とか独立を維持してきた国。