それだけの時間
それだけの余裕があったと仮定しても、たった十二分間で、この手紙を打ち終ることは不可能と見なければなりません」
「そうですなあ……一々御尤もです」
「そんならどこでこれだけの長文をたたいたかと申しますと、多分女が気絶して介抱を受けた医者の処か何かで、樫尾が女の逃走を助ける一手段としてこの手紙を作製したものではないかと考えられるのです。つまり吾々が彼等の逃走を発見した瞬間の判断を誤らせるためにこんな小細工をしたので、彼の樫尾の奴が、間際まで自分の名前を看破されない事を確信して巧らんだものと考えられるのです。……すなわちこの手紙の通りに、十二分間を利用して逃げたとなると、女はまだ東京市内に居るとしか思われませんが、実はもうとっくの昔に東京を出ているに違いありません。樫尾運転手は二十分間以上の時間を使って女を東京市外のどこかへ送り付けて、平気で数寄屋橋に帰って、張り込んでいた刑事に『大勢の人が居た』と嘘をついて、支度に手間取らせてここへ連れて来たのです。そうして、なおも時間の余裕を女に与えるために、捜索が一通り済んだ頃を見計らって、この手紙を渡して、吾々が読み終るのを見済まして逃走したのです。否……吾々に落着いて手紙を読み終らせるために逃走を差し控えていたものとしか考えられないのです。追跡の出来ないように一台をひょろひょろの箱自動車にしたのも彼奴の仕事に違いありません。全く吾々を馬鹿にしているのです。大胆極まる奴です。素晴らしい手腕です」
熱海検事はうつむいたまま、熱心に私の説明を傾聴していたが、又もにこにこしながら顔を上げた。
「貴方は何故直ぐに電話で手配をなさらないのですか」
偏差値40からの医学部受験は慶応進学会フロンティア
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