手紙を読み終らせる
追跡の出来ないように一台をひょろひょろの箱自動車にしたのも彼奴の仕事に違いありません。全く吾々を馬鹿にしているのです。大胆極まる奴です。素晴らしい手腕です」
熱海検事はうつむいたまま、熱心に私の説明を傾聴していたが、又もにこにこしながら顔を上げた。
「貴方は何故直ぐに電話で手配をなさらないのですか」
私は帽子を脱いで熱海氏の手を握った。
「私は貴方の説に降参しました。岩形圭吾、否、志村浩太郎は自殺したのです。あの金は志村のぶ子が、その夫から正当に貰ったものです。この手紙の内容は樫尾が日本政府の機密機関に属する人間である以上全部真実を告白して私共の許しを請うているものと見るべきで、彼女は毒薬とも全然無関係な筈です。私はステーション・ホテルの廊下にあった女の足跡を、前後反対の順序に見ていたのです。室を出てからもう一度引返して様子を窺った足跡を、室に這入る前に窺ったものと見たために、女の殺意を認めたのです。面目次第もありません」
若い熱海検事は子供のように顔を赤くした。
「そう云われると僕も面目ないです。ただ志村氏が窓を開いたままにして、横向きに寝て、窓の外を大きな眼で睨んでいる状態が何となく尋常でなかったので、もう一度考慮し直してみたいと思っただけです。……しかしこの話を外務省が聞いたら吃驚しましょうね」
私は苦笑しながら熱海氏の前に手紙を差し出した。
「志村のぶ子と、樫尾初蔵の処分方法は、貴官から外務省へ御交渉の上、御決定下さい。二三時間の中なら、捕縛の手配が出来ると思います」
青山 美容室
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