FIFAで活躍する日本人
2010年6月14日、仕事上の超過勤務を最小限に抑え、22:00には日本・カメルーン戦を見るためビール片手にテレビの前に座った。キックオフで前半が始まると、サッカー素人の私でも、日本のディファンス陣が、カメルーンの世界的なフォアードであるサミュエル・エトーをはじめとした3トップの選手の動きを研究し自然と体が反応するまで準備をしてきていることがよく分かり、これまでのサムライ・ジャパンと比べ、相対的に安心して試合を観戦していることに気づいた。
ちょうど12年前の1998年6月14日、FIFA初参加の日本は初戦、強豪アルゼンチンと対戦し0-1で敗北。20日のクロアチア戦も0-1と落とし、決勝トーナメント出場に向け後がない日本は、26日、フランスのリヨンでジャマイカと対戦した。当時、米国のニューヨークに住んでいた私は、休暇を利用して欧州に滞在中で、友人と日本・ジャマイカ戦を観戦した。当時の日本はゴールをねらいに行くあまり、ディファンスがおろそかになり、見ていてヒヤヒヤさせられる場面が沢山あったのを今でも鮮明に覚えている。前半にジャマイカに2点を先制され、後半は背水の陣でゴールを果敢に攻め、ゴン中山選手が日本史上初のゴールを決めたものの1-2で予選敗退が決まった。
その12年前とは、まずディファンスとミッドフィルダーの動きが違い、相手のフォアードを2~3人がかりで徹底的にマークしていた。しかも、彼らの集中力と闘争心が、キックオフから最後のホイッスルが鳴るまで一切途切れなかった。岡田武史監督の選手交代の判断も正確だった。これがチームの安心感、一体感の基本となって、前半39分の松井大輔選手の右クロスを左足で押し込んだ本田圭佑選手の先制ゴールにつながった。
そして試合前、スタメンとベンチ全員が肩を組んで「君が代」を斉唱し、本田選手が先制点を入れると一目散にベンチの控えのチーム・メートに駆け寄って、はち切れんばかりの喜びをシェアした。これは日本の村や町、高度成長期の日本企業などに見られた日本人の組織力、固く強い一体感を基本とした個々人の闘争心と勇気が勝利を勝ち取った、なんとも美しい瞬間だった。その日の夜は暑くて窓を開けて観戦している人々が多かったようで、その瞬間、東京の街にもオォ~という歓声が響きわたった。
先制後、後半にいたる集中力の持続には目を見張るものがあり、試合後、岡田監督、本田選手等から、勝ってかぶとの緒を締めよ、次のオランダ戦、デンマーク戦に向けた意気込みが語られた。本田選手には早速、複数の海外名門クラブからのオファーが来ているようで、日本も個人が輝く時代となったこと、そういう時代でも仲間との固く強い一体感こそが日本人の個人の芯となって求芯力を生み大きな成果を成し遂げることを感じた一晩だった。
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