枝を伐って根を枯らす
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何の用意もなしに

廃れたようなその家にも不足があった。
「もっとどうとかいう家がないものですかね。井戸が坂の下にあるんじゃしようがないわ。」
 お銀は笹村から家の様子を詳しく聞くと進まぬらしい顔をした。お銀の頭脳には、かつて住んでいた築地や金助町の家のような格子戸造りのこざっぱりした住家が、始終描かれていた。掃除ずきなお銀は、そんなような家で、長火鉢を磨いたり、鏡台に向ったりして小綺麗に暮したかった。それに、ここを出るにしても、少しは余裕をつけて、手廻りのものなど調えてからにした方が、近所へも体裁がいいと考えていた。
「あなたは門さえあればいいと思って……。」お銀はそうも言った。
「だけど、そういい家があるもんじゃないよ。あすこなら客が来ても当分子供のいることも解らないし、井戸の遠いくらいは我慢してくれなくちゃ困る。」
 やがてバケツに箒などを持たせて、書生と一緒に出かけて行った笹村は、裏から水を汲んで来て黴くさい押入れや畳などを拭いていた。そして疲れて来ると、縁側へ出て莨をふかしていた。高台に建てられた周りの広い廃屋は、そうしていると山寺にでもいるように、風も涼しく気も澄んでいた。
 じきにお銀が子供を負って来て、笹村の傍において行った。
「お願い申しますよ。狭いところを危くてしようがありませんから。」
 子供は白い女唐服を着ながら広い部屋のなかを、よちよちと笹村の跡へついて来ては歩いていた。そして少し歩くと畳の上に尻餅を搗いた。口も少しは利けた。
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